夏も半ばに差し掛かった季節、入道雲が青く眩しい空に映えた日だった。
火葬場で人が泣いていた。人がその命の灯火を静かに燃やし尽くしたのだ。
今日はイルカ先生の葬式だった。一生を独身で過ごした先生。色んな人からアプローチされていたのに絶対に首を縦に振らなかった。けれど懐の暖かい、優しくて大きくて、みんなが大好きな先生だった。夏休みになると自分のクラスの生徒を連れて夏祭りによく連れて行ってくれた。近くの神社で綿飴や林檎飴を買ってもらって、ヨーヨーを釣ったりしてくれた。今から思えばかなりの散財だったろうと思う。
ふと、目の端に紺色の甚平が映った。なんだろうと視線を向けると子どもが走っていく所だった。日焼けで真っ黒になった肌が健康そうな、元気な少年。少年は火葬場の奥の森へと走っていく。参列者の子どもだろうか?向こうに行っては迷子になってしまうかもれしない。俺は少年を追いかけた。
彼は動きにくいであろう下駄で草地を走っていく。鼻緒は痛くないのだろうか?それにしても忍びである自分が追いつけないなんて、どんな足の速い少年だ?と疑問が募っていく。
夏草をかき分けて木々を抜けて、たどり着いたのはなんてことない原っぱだった。吹き抜ける風が心地いい。
甚平を着た少年はいつの間にか男の人と手を繋いでいた。その人は白い和服のようなものを着ている。礼服のような、どこか清廉さを漂わせる服だった。あの人、見たことがあるような気がする。以前、とてもお世話になった。昔、みんなで一緒に過ごしたことがあったような。
どうしたんたんだろう、記憶力にはそれなりに自信があると言うのに。思い出せない。
唐突に少年が振り返った。
黒い髪を頭のてっぺんで縛り、ぴょこんと尻尾のように立ち上がっている。その尻尾のような髪型、どこかで...。
少年はわんぱくそうな顔つきで、やはりどこかで見たことのあるような、そんな既視感を感じさせる子だった。
いつの間にか蝉の声がしなくなっていた。眩しいばかりの夏の太陽の光が、何故か鈍く青く感じる。どこか、ふわふわとした、少し歪んだような感覚。これは、なんだ?幻術の類でもない、昔馴染みの使っていた幻術でもない。ここは、これはなんだ?

「ここへ来てはだめだろう。戻りなさい。」

小さい子どものはずなのに、言うことが何故か大人のような言葉で、それも違和感がある。

「君は、誰?」

問いかけると少年は楽しそうに笑った。いつの間にか、その子の周りで何匹もの犬が思い思いの行動をしている。何時の間に来たのだろう?少年にすり寄っている姿はまるで甘えているようだ。

「俺のこと、忘れちまったのか?お前もぼけたな。」

少年の言葉に苦笑した。年は取ったものの、まだまだ前戦で動いている上忍なのにぼけたって、それは酷いなあ。まあ、子煩悩とはよく言われるが。

「ま、あんまり無理するなよ。」

白い男が諭すように言うのを聞いて少年が笑っている。笑われているのに何故だか気分は悪くない。かえって爽快な気分だ。懐かしいような、嬉しいような。そうだ、これは褒めてもらった時のような、お互いにからかいあって笑っていたような、そんな時間の空気だ。

「お前の体の中にいるものが反応しちまったんだな。ま、大した害はない。これから少し不思議なことが見えるかもしれないが、今日だけは特別だ。俺たちにとってもお前たちにとっても。」

「え、あの、」

その人達はそう言うと歩いてもっと奥の方へと行ってしまった。
俺は結局誰だったのか聞けずにわだかまりを感じたが、そろそろ戻らないと他の者が自分を心配して探しに来てしまう。俺は急いで火葬場へと帰っていった。
いつの間にか、蝉の声が聞こえはじめていた。
火葬場ではみんながそろそろと骨を拾いに行く所だった。昔なじみたちが俺を見つけてこっちに来いと手招きする。
が、肝心の骨がなかった。もう骨は骨壺の中に入っているのか?と、そっと骨壺の中を見たが、何も入っていなかった。みんなは見えない骨を拾って骨壺の中に入れていく。
どうにもおかしな光景だったが、忍びの葬式で火葬ということ自体が珍しいことだからこういうものなのかと自分に納得させた。
そして骨拾いは終わり、みんなはここから少し離れた所にあるセレモニーホールへと向かうことになった。ぞろぞろと歩いていく。俺は少しソファに座ってその様子をぼんやりと眺めていた。
そして火葬場の方を何気なくちらりと見てはっとした。原っぱで出会った人たちがみんなに向かって手を振っていたのだ。だが、向かう方向が違うからか、みんなあの人たちには気付かない。誰か一人が気付いてもおかしくはないと言うのにまったく気付かない。自分だけが見えているようで困惑してしまう。これはもしかしたら自分だけが見える幻覚かもしれない。
その人たちは手を振り続けていた。にこにこと笑って手を振っている。こちらからの反応がまるでないと言うのにまったくその手を下ろそうとしない。どうしてだろうと考えつつもやはりそういうものなのかと自分で納得してしまう。
俺はみんなに気付かれないようにそっと小さく手を振った。すると少年はすぐにこちらに気が付いて優しく微笑んだ。なんだろう?やっぱり知っている気がする。喉の奥まで出かかっているような気がするのに。
その優しい笑顔、温かな眼差し、黒い尻尾のようなちょんまげ。
一人だけあてはまる人物がいる。だが、そんなはずはない。忍術で変化していたとしてもあの人の格好をするなんてイタズラは今日だけはしちゃいけないとみんな心得ている。許されるのは本人だけだ。今日の葬儀の主役と言っても言いイルカ先生、その人一人だけ。

 

少し物思いに耽っていると、後輩が声をかけてきた。

「ナルトの兄ちゃん、こんなところでなにやってるんだ?」

お互いに子を持つ親父になったが、今でも呼び方は昔のままの後輩に笑って問い返した。

「木の葉丸か、お前はセレモニーホールに行かないのか?」

「ナルトの兄ちゃんと話しがしたかったんだよ。最近なかなか会えないし。」

お互い忙しい上忍同士だ、会うのは確かに久しい。俺はふと、先ほどからの不思議な体験を話すことにした。

「さっきから、イルカ先生の子供時代みたいな姿の少年を見かけるんだ。さっきもそこでみんなに手を振ってた。その横には白い人がいて。でもみんなには見えないんだ。俺だけが見える。」

酒も呑んでないのに酔ってるのか?なんてからかわれるかなと思ったが、予想に反して木の葉丸は考え込んだ。
そしてぽつりぽつりと話し出した。

「じいちゃんが昔言ってたんだけど、イルカ先生は神様のお気に入りなんだって。神様の加護があるって。それと関係してるのかな。」

「神様のお気に入り?」

そんなオカルトじみたことが本当にあるのだろうか?しかし確かに先ほどの少年の傍にいた人は人であらざる者のようではあった。そしてこの不可思議な現象。

「昔、イルカ先生は神隠しにあったこともあるって聞いたこともある。」

「神隠し?拐かしじゃなくて?」

「じっちゃんの水晶玉で映し出せないものはなかったって聞いたぞ。大蛇丸の動向も水晶玉で本当は見てたってホムラのじいちゃんに聞いたことがある。その水晶玉にも映し出せなかったらしいから、これはもう神かがった所にいる以外は考えられないって。」

俺は少年たちがいた木々の間に視線を向けた。今はもう見えなくなった紺色の甚平を羽織った、これから夏祭りに出かけるかのような出で立ちをした少年と、そしてその手を引く白い男の人。

 

今年の夏祭りもまた子どもたちを連れて行こう、そう思った。

 

おわり

はい、お疲れ様でした〜。
本当にもう、ね、なんと言うか色々と捕捉の足りない所はみなさんの想像力でなんとかがんばって下さいorz
そして白い人、もうおわかりですがあの人ですね。どうしてナルトは忘れてしまったんでしょうかね?
その辺りもご想像で(ぉぃ)
まあ、大体みなさんの思っていらっしゃ通りですよきっと!!
こういった不思議系の話しが実は結構好きです。妖怪だとか幽霊だとかも好きなんですがなかなか文章にするには難しいですよね〜。